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殺されたのは新聞社、殺したのも新聞社

奈良の少女誘拐殺人の犯人が逮捕されたが、捕まったのは新聞配達員だった。

今年2004年の「ショッキングな殺人事件」といえば、この奈良少女誘拐と、佐世保の小6女児同級生殺害だろう。そして後者の方は、被害者の親は新聞記者だった。つまり、殺されたのが新聞社なら、殺したのも新聞社だってことだ。被害に会われた人には不謹慎で申し訳ないが、なんか時代を示唆しているようで「興味深い」。

大量生産・大量消費時代の現代では「モノ」が実際生活に必要な以上に有り余っているわけで、これは新聞のような「情報」もそうだ。

テレビ、ラジオ、新聞、フリーペーパー、ウエブ、雑誌、カタログやチラシ・・・。情報が大量に生産される現在は、極論すれば「新聞32面の記事を書いて印刷するより、新聞32部を売る方が難しい」時代だ。どうしても毎日新聞を買わなければならない理由などどこにもない。日経でも読売でも朝日でもいいし、そもそも新聞を買わなくても、TVやウエブで事足りる。

そのような中で、どうしても「わが社の新聞」を買ってもらうためにどうするか、というと、「編集」という名の魔法で事件を誇張する。作為をもって情報を切り捨てあるいは拾い上げ、ときには我々素人には「やらせ」「でっちあげ」としか思えないようなこともやって、ただの事件を「とてつもなく凶悪な事件」のように仕立て上げているのだなぁ、と想像してみる。

冷静になってみると、確かにかけがえのない幼い命が奪われたことは悲しいが、しかし交通事故で毎年9000人前後の人が死んでいて、自殺者数にいたっては2003年で3万4千人強もいる。

が、これらが上記の殺人事件の9000倍とか3万倍とかの規模で取り上げられているわけではない。

結局、2つの事件が大きく新聞で取り上げられるのは、しかしうがった見方をすれば、「新聞社の自作自演」というわけだ。

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