« 殺されたのは新聞社、殺したのも新聞社 | メイン | インターネット広告が効果があがらない理由 »

ニートとは、シュレディンガーの猫である

年末年始はでかけていたので、久々に家に帰ってアクセスログを見たら、なんか見慣れないサイトからの訪問者が十数件あった。

http://d.hatena.ne.jp/tao123/20041231

早速そのリンク元サイトを覗いてみたら、例の「ニート分類」をやっていた。そしてなぜか俺のサイトは「甘えるな!お前ら社会的コストだ」に分類されていた(w

ううーん、なんだかなぁ。俺はニートに対して「甘えるな」とか「社会的コストだ」なんてこれっぽっちも思ってないわけで。上記サイトの中に無理やり私の考えを分類するなら、「ニートなんて昔からいたよ」か、「ほっとけよ」になるわけだが。
このリンク先の私の記事http://blog.y-iweb.com/archives/000081.htmlでも、私はタイトルに「ニートとは、ロンダルキアの洞窟をこえたことがない人たちである」とつけ、最後にも太字で「結論:「ニートとは、ロンダルキアの洞窟をこえたことがない人たちである」ってどうよ?」で結んであるわけで、これが私の考えだ。これ以上でも以下でもない、念のため。

ブログ界におけるニート論争は、「活発化している」といえば聞こえはいいが、「論点がぼけて泥沼化している」「会話がかみ合っていない」といった方が正しいだろうと思う。
私も前記事で、「ニートが生まれるメカニズムのひとつの仮説」をたてたが、だからといって今のニート君に「無理にでも働け」なんてまったく思っていない。そもそも、ニートのメカニズムを解明することと、「ニートを政策的にどうする」「学校や親は子供をニートにさせないためにどうする」「今後ニートが増えつづけるとマクロ経済学的にどうなる」とかの議論は、また別の話だ。が、これらがごっちゃになっているサイトが非常に多い、っていうかほとんどだ。

あと、まだ「ニート」という言葉が新しいしその定義もあいまいなので、相互に言葉の誤解を起こしやすいのだろう。上記サイトでの「積極的ニート」って言葉も、一瞬、私は誤解してしまった。上記サイトでは「自ら積極的にニート状態を肯定する人」を積極的ニートといっているようだ。

しかし、ニートを「勤労を含む社会への参加に極端に消極的な人間」と定義するなら「働いたら負けだと思う」などとか、テレビやブログで「自己の思いを発言する」タイプは、働いてはいないが社会に対して何らかのメッセージを発信している意味において、ニート指数が低い、つまり「消極的ニート」って意味にも取れる。筋金入りのニートなら、そもそもテレビのインタビューやブログで意見表明なんてしないはずだ、と私は思うわけで。これは、言葉の定義の問題だが。


まあ、情報や言葉が「ごった煮」になっていることがインターネットの特質であり、面白さでもあるので、わけわかんなくなっている今の状態がネットらしい、ブログらしいといえると思う。


・・・さて、ここからが本題である。
ひとくちに「ニート」といっても、一時的に多少自信を喪失しているだけの人から、完全に「引きこもり」となって外界からの接触を拒絶している純度の高い「完全ひきこもり系ニート君」までさまざまだ。そして単純に考えるなら、ニートの本質をもっとも早く知るためには、純度の高い「真性ニート君」を重点的に調査するのがもっとも早道のように思える。

ところが「完全ひきこもり系ニート君」は、おそらくブログや2ちゃんねるへ書き込むことも無い、もちろんテレビの取材など受けるはずもない、つまりほとんどの人間がその存在を知らない人々だろう。これらの人々は、スポットライトを当てると逃げてしまう、あるいはそのニートとしての本質が光によって変化してしまう。なので、「ニートに対するアンケート」を取ったり、ニート君を探してテレビでインタビューを行う企画をたてたところで、ニート指数の高い「真性ニート君」のサンプルは得ることは量子力学的に不可能だ。

アインシュタインは「神はサイコロを振らない」といったらしいが、シュレディンガーの言うとおり、猫が死んでいるかどうかは箱を空けてみなければわからない。しかし箱を開けようとすると、光が入ってしまう。光によっての変質が著しいニート君は、観測しようがない、観測できた瞬間にそれは「真性ニート君」ではなくなっている。

純度の高いニート君の意見を聞くためには、箱を開けて光を当てる必要があるが、光を当てた瞬間にそのニート君は純度を失ってしまい、ニートの本質を聞き出しえないという矛盾、パラドックス。

「働いたら負けだと思う」という言葉も、それ以外の「自称ニート」の人たちのブログや書き込みも、自らの意見を述べた時点で、「真性ニート君」から一歩抜け出してしまっている。しかし統計を取ったり議論の材料にできるのは、「仮性ニート君」の意見だけだ。そしてそしてそのために、ニート問題は「真性ニート君」の周りでしか議論できず、真ん中がブラックホールのようになってしまっているように思う。

結局、真のニート君のサンプルを得ることはできない、ニート問題に対する結論は出ることは有り得ない・・・?

結論:ニートとは、シュレディンガーの猫である



トラックバック

この一覧は、次のエントリーを参照しています: ニートとは、シュレディンガーの猫である:

» 「ニート急増」に思う from そうなんだ〜blog
学生でもなく、職業訓練もしていない無業者のニートと呼ばれる若者が急増している。私は、ニートは若者だけに限った現象だろうかと疑問視している。もっと高齢者まで広がっ... [詳しくはこちら]

» NEET from 鉄人ママの社長ブログ
直訳すると 「就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人」。 英国で名づけられた。   学術的・行政的定義 学生でもなく,就業者でもなく、 ... [詳しくはこちら]