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加藤号泣Youtube動画削除後の顛末についての雑感

昨日の夜「例のYoutube極楽とんぼ加藤号泣動画の雑感」って書いたんだが、夜が明けた後には既に日テレからの要請で、Youtubeから動画(そしてコメント欄も)削除されてしまったみたい。

ま、だけど今度は「KATO apologizing with ENGRISH(not English) title text」などでは、日本人がえいゃく字幕(英訳ではなく)付けて再アップしてますね。また、昨日の300万Viewのコメント欄の荒れっぷりに心を痛めたアメリカ人が、「山本圭一やとYouTubeの人々などの話」などで、つたないがはっきりと意志が伝わる日本語で意見表明したりしています。

いやぁしかし、Youtubeで意見表明する人があらわれるってのは意外でしたが、考えてみれば理にかなってますね。

Youtubeが今後、こういう問題にどう対処していくのかわかりませんが、このshoujohinoさんがいうように、いろんな国籍が集まって、日本語しかわからない人、日本語と英語がわかる人、英語しかわからない人が入り乱れてコメントがついている方が、単純に「面白い」と私は思うんですが。日本国内での日本人だけ対象の動画配信サービスより、全世界のビデオとコメントが集まったYoutubeの方が、文化と文化が交わって「新しい何か」が生まれるような気がするんですが、楽観的過ぎる考え方でしょうか。

日本人っていうのは、どうしても100年とちょっと前まで「鎖国」、つまり文字通り閉じた社会を国の施策としていたような、典型的な村社会民族なんで、「外に向かって発信する」っていうエネルギーが(産業革命以降、社会を開いていった欧米などと比べて)乏しいように思います。

もちろん、ラテン語圏でないのでもともと英語が苦手っていうのも多少あるでしょうが、そういうことよりも民族的な性質で、「外の世界に向かって情報を発信する」という意識そのものが低いんでしょう。つたない英語でもなんとか説明しよう、という「意識」そのものがない。2ちゃんねるからmixiへという流れも、その裏付けになるかなと。

良く悪くもそれが「日本人らしさ」を形成している要素だと思うので、そういった特性全てを否定することはないとは思うんですが、しかしYoutube内で「日本語タイトルの動画に日本語わからん奴が来るな」的な態度はちょっと「もったいない」気がします。せっかく日本を知って貰うチャンスなのですから。2ちゃんねるもmixiも、そしてYoutubeも、うまく使い分けて、それぞれのメディアの特性や構成メンバーの属性を考えて、うまく発言できる人が増えて欲しいなぁ、と、そんなことを思ってしまいました。

・・・って、これじゃ完全に人任せだな。俺ももうちょっと、英語を勉強しようかなぁ。



コメント

It's a pain in everyone else's butt. Lets just stop discussing this crap, the topic is too questionable.